偏差値52からの逆転劇。親友に「負けたくない」一心で早稲田大学に合格した僕の、人生最大の努力
もし誰かに「人生で最もやりきった経験は?」と聞かれたら、僕は迷わず「大学受験」と答えます。
偏差値52の高校から、人生で最も努力を重ね、早稲田大学に合格したこと。それは今でも、僕の人生における最大の自信であり、核となる価値観を形作った経験です。
しかし、そのきっかけは「高い志」などではなく、たった一人の親友に対する強烈な「劣等感」と「対抗心」でした。
劣等感から始まった受験勉強。きっかけは「親友」
すべての始まりは、高校3年生の4月。僕がずっと劣等感を抱いていた親友が、受験勉強を始めたことでした。
彼の背中を追いかけた「4月」
「あいつが始めたなら、俺も」
そんな触発されるような気持ちで、僕も机に向かい始めました。しかし、当時の学力レベルを考えれば、目指せるのは東洋大学あたり。それが現実的な第一志望でした。
「負けたくない」が志望校を変えた「夏」
転機は夏ごろに訪れます。親友が「明治を目指す」と言い出したのです。それを聞いた瞬間、僕の中で何かに火がつきました。
「あいつが明治なら、俺はそれ以上じゃないとダメだ」
劣等感が強烈な対抗心に変わり、「負けたくない」という一心で、僕は志望校を青山学院に引き上げました。
本気の「早稲田」になった「12月」
そんな時、「志望校は一段上を目指せ、どうせ落ちるから」という言葉を耳にしました。それなら、と形式的に早稲田を目指すことにしました。
しかし、勉強を重ねる中で、その「形式」は「本気」に変わっていきました。「目指すなら、私立トップの早稲田に行きたい」。12月には、早稲田大学が僕の揺るぎない第一志望になっていたのです。
すべてを犠牲にした「執念」の日々
そこからの日々は、まさに「執念」でした。
ご飯の時間以外は、すべて勉強
僕は、自分を追い込みました。
- ご飯の時間以外は、すべて勉強に当てる。
- 誘惑の元になるSNSは、すべて削除。
- 大切な友人との時間も犠牲にし、あらゆる楽しみを我慢する。
特に夏休みと冬休みは、「絶対に塾に一番乗りし、絶対に最後の一人まで残る」と決め、それを実行し続けました。
苦しさの中に見つけた、ささやかな「楽しみ」
もちろん、辛いだけではありませんでした。どうすれば効率が上がるか、どうすれば覚えられるかを考え抜き、「オリジナルの勉強法」を作り上げていくプロセスには、確かな楽しみもありました。
絶望を支えた「絶対に親友に負けたくない」という想い
しかし、ある日、本当に何をしても成績が伸びない、出口の見えない「絶望した日」がありました。心が折れかけ、すべてを投げ出したくなりました。
それでも、僕を突き動かし続けたもの。それは、「絶対に、親友に負けたくない」という、もはや執念と呼ぶべき強い思いでした。
合格発表の日に得た、人生の「確信」
その結果、僕は高校でただ一人、早稲田大学に合格することができました。
画面に映った「合格」の二文字
合格発表の日。震える手で画面を開き、「合格」の文字を見た瞬間、心の奥底から熱いものが湧き上がってくるのを感じました。
それは、「やった!」という派手な喜びではなく、「ここまでやりきったんだ」という、静かで、しかし確かな達成感でした。あの感覚は、僕の大きな自信になっています。
人は「覚悟」さえ決めれば変われる
偏差値52からの挑戦。親友への劣等感から始まった戦い。そのすべてを乗り越えた経験は、僕に一つの「確信」を与えてくれました。
「覚悟を持って努力を継続すれば、人は想像以上に変われる」
この信念こそが、僕が人生最大の努力によって手に入れた、一番の財産です。
まとめ
あの時、もし親友がいなければ。もし「負けたくない」という気持ちがなければ。僕はきっと、早稲田大学を目指すことすらなかったでしょう。
きっかけは何であれ、「覚悟」を決めて「やりきる」こと。それが自分を変える唯一の方法だと、僕は信じています。

コメント